ララビアータ七菜のスローライフ

かつてララビアータ(片意地娘)と言われた七菜。立ち上げたオフィス七菜も何とか軌道に乗り、 今や4人のちびっ子を抱える肝っ玉母さん。仕事に妻に母さんに・・・片意地おばさんの事件簿?をお届けします。

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赤ちゃん誕生

妹夫婦に3人目の子供が生まれました。1月30日午前0時13分 3500gの元気な男の子です。水の会員でもある齋藤助産院の齋藤さんと井本さんにお世話になりました。産後の処置を全て終えると午前3時を回っていました。お疲れ様でした。記念に1枚。
斉藤さんらと

初めて出産に立ち会いました。赤ちゃんはお腹の中からぐんぐん生まれようと、外へ出ようとしています。力強い大きな波。あやはただ赤ちゃんに導かれているようでした。ただ赤ちゃんと二人だけ、自分の体の中から沸き起こってくる力と向き合う…いつの間にか自分の出産のときの記憶が鮮明によみがえっていました。「この大きな波があと何回来るんだろう。」そう思ったことを思い出しました。
そんなことを思っているうちに赤ちゃんはスルッと生まれてきました。ほっとした空気が部屋中に満ち、皆が笑顔になり。家族がまた一人増えました。
たった今誕生
                         「たった今誕生」
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誕生の時を降りかえって

4人目の赤ちゃんが生まれました。3番目が1歳になる前に宿った命…なんでまた?そんなはずない…でもこの感じ、経験ある…とまどい自問自答する日々。そのうち確信するようになる。とらさんにうち明けるも本気にしない。そうだろうな。私も本気にしたくなかったもの…この赤ちゃんがいらないとか何とか、そう言う問題とは別のところで本当でないといいなという気持ち。4人だよー!2番目と3番目も2年空いてないのにまたもや同じくらいの計算。ハーッ!自業自得でしょうが!妹に言われました。そうなんですが。身に覚えが…シドロモドロ…
「子供は宝ですよ。」近所のおばあさんに言われました。
「天国でどの家の子供に産まれようかと赤ちゃん達は自分で選んでお腹に入るんだよ。こんなご時世だものななさんととらさんの所に産まれたい子供が行列作って待ってるんじゃないの?」そう言ってくれた友達がいました。
そうです。赤ちゃんは私達の所を選んで宿ったのです。こんな母さんでもいいと思ってやって来てくれたんです。
【余談ですが子育てをしていて一番救われるのは子供達がこんな母さんでも「まま大好き!」って言ってくれることです。無条件で認めてくれるこの無垢な魂に精一杯応えたいと思います。うまくいかないことの方が多いけれど…】
よーし。4人の母さんになるぞー!元気が出てきました。不安になると子供は宝と呪文のように呟いたりしながら。
 36歳で初産。その子がやっと今年の7月で5歳になりました。最初で最後と思って産んだのに、あれからまだ3人も!我が家は賑やかです。近頃ではお友達もできて遊びに行ったり来たり。友達が来た日にはまさしく保育園状態。放任主義の父さん母さんは子供達が自分達で遊んでくれるようになって大助かりの大満足。「年齢が近いって言うのも悪くないね。」と話し合っています。
 今回は何のトラブルもなく順調な経過をたどったので産前産後病院へ行くこともなく、自宅自力出産も4回目。赤ちゃんはちゃんと頭を下にして落ち着き、シンドイので早く産みたいと騒ぐ母を無視して、早すぎず、遅すぎず39週で生まれてきました。
立ち会いたいという人が何人もいた今回の出産。どうなるのかなあと思っていましたが、散歩をした日の夜から張りが来てそろそろかなとみんなに連絡。明け方になったら子供達は立ち会えないかなと思っていたのですが、朝になってもピークに達せず。まだまだかなあと思うくらいの陣痛で10時を迎え、陣痛促進の為に階段の昇降をしようとトイレに立って始めてもう誕生間近だと気付きました。子供達を呼び集め、破水。数回の陣痛の後元気な赤ちゃんが誕生しました。
今回は8人もの子供たちが迎えてくれました。この赤ちゃんは子供達に立ち会って欲しかったんだなあと思います。きっとたくさんのひとたちに支えられて生きていく人なんでしょう。自分のペースでゆっくり生まれてきた赤ちゃんは、生まれるとすぐにぱっちりとした目を開き長い間みんなを見ていました。子供達の胸の中にしっかりと種をまいたことでしょう。
 産ませてすぐに皆を見る、るな

沢山の人々に囲まれて

4人目のるなちゃんは我が家に沢山の人を連れてきます。るなが生まれてから毎日子供も大人も出たりはいったり…お客さんがひっきりなしです。出産で感じたことはまんざらはずれでもなかったみたいでいつも沢山の人々に囲まれる運命なのでしょう。昨日は5歳と4歳の兄妹がお泊まりし、0歳から1,3,4,5歳が2人で6人。まあちびっ子がいっぱい!気がつくとこんなに賑やかにな毎日です。るなちゃんは私達に何か大切なことを教えに来てくれたのでしょう。心の目を開いてそのメッセージを受け取りたいと思います。

子どもたちに迎えられた誕生

先週の土曜日4人目の子供が生まれました。【10月2日午前10時20分3700gの女の子です】4回目となったこの度の出産も自宅で家族と友人達に見守られ祝福され誕生の瞬間を迎えました。今回は小学1年生を頭に8人の子供が立ち会ってくれました。夜中から少しずつ始まったお産が朝になってもピークに達しなかったのは子供達に立ち会って欲しかったからなのかなあと思っています。この小さな女の子が、子供達の心の中にどんな種をまいたのか、どんな芽を出し花を咲かせるのか楽しみに思います。
出産後手を振るるな

3人目の赤ちゃんがやって来た 《今日から5人家族》

2月20日午前7時25分満潮の時間に合わせて大きな波がやってきて、羊膜に包まれたままこの世に顔を出す。次の波に合わせて自らの力で体を回転させ、顔に掛かったベールを脱ぎ、羊水と共にスルリとすべりでてきた。羊水を吐き出す音に続いて元氣に産声をあげた。3歳7ヶ月の娘が心配そうに見守る中、夫であるとらさんが受け止めた。「男だ。」家族だけで迎えた次男の誕生の瞬間である。臍の緒が付いたまま胸元に抱き寄せる。今日から5人家族だ。後産が出きるまでそのまま幸せなひとときを過ごす。しばらくして後産が出きってしまうと、生まれた直後は青白く光り太くねじれて張りのあった臍の緒が見違えるほど弱々しく痩せてくる。そこでとらさんが糸で括りはさみで切る。3回目でもう慣れた物だ。
36歳で初産。最初で最後、心残りの無いように自分の力で生みたかった。自宅出産について調べるうちに子供は自身の力で生まれてくると言うことが解った。3人の子供を自宅出産した友人もいた。健康にも妊娠の経過にも不安はなかった。自宅で自然に任せてその時を迎えることにした。そして4年間で3回もの出産となった。
月のものが満月と合うようになって1年目に初めての妊娠、自分の中の自然を実感する。それからは体の声を聞き、内なる力を信じることが当たり前となった。貧血気味でも食べたいと思うものを食べていたら貧血対策食品だった。ゴマが無性に食べたいとき、豆が肉が葉物が…とても大切なことなのだと思う。赤ちゃんは産湯を使わずにいても全くきれいだし。子供達も、普段は見向きもしない梅干しを調子が悪いときにはぱくぱく食べたり、免疫力が高いのか水疱瘡やお多福風邪に掛かっても症状がいやに軽い。歳が近いのに下の子が産まれてもやきもちを焼いて困らせたりすることも全くない。自分より小さい物をかわいいと思う気持ちはきっとごく自然な感情なのだろう。
普段からなるべく自然に近い暮らしをしようと、食べ物は山の天然水、山菜やキノコをとるようにしている。味噌・梅干し・漬け物・パン・お菓子は手作りを心がけ、我が家の味を楽しみながら暮らしている。東京の都心にいるのだが、訪ねてくる友人達は「田舎の家に来たみたいだ!」と笑う。おかげで元氣!病気知らず。ツワリもほとんど無し、100%母乳でアトピーも無し。自然の恵み・美味しく確かな食材を作ってくれる友人達に深く感謝している。
女性にとって出産とは色々な意味で普段と全く違う状況になるもの。動物達の生態をしょうかいするTV番組でパートナー選び・巣作り・子育てをみるが、やはり人間も動物だと言うか、私が動物的なのかかなりたくさんの共通点を感じてしまう。あえて動物的に表現すると、安全なところで生みたい・回復するまでじっとしていたい・餌をちゃんと運んでくれないパートナーは必要ない・子育てに興味のない雄は追い払いたい。いつか心理学者が言っているのを聞いたことがあるが、妊娠・出産は夫婦の危機とか…。危機とまでは思っていないが、普段何とか折り合いを付けている雄と雌(夫婦)の意識の開きを痛感するのはいつも産後の1ヶ月だ。精神的にも肉体的にもかなりナイーブな状態になる物だが、男性には説明するのも難しいし解りにくそう。状況を説明しなくても理解して忙しい中を助けに来てくれる同性の何とありがたいことか。今回もずいぶん沢山の方たちに助けていただきました。子供と遊んでくれる・洗濯物を干してくれる・たたんでくれる・おにぎりを握ってくれる…何にも代え難い素晴らしい贈り物を頂きました。本当にありがとうございました。
お陰様で1ヶ月経過しだいぶ元氣になりました。次男は未浩(ともひろ)と命名しました。

赤ちゃんがやって来た⑨ 花菜1歳になる

♪はっぴぃばーすでぃ花菜ぁ~♪はっぴぃばーすでぃ花菜ちゃん~♪
瞬く間に過ぎて行った1年でした。
・ 1ヶ月に満たないうちから会津の水をコップで飲ませる。
・ 1ヶ月、朝起きると何やらおしゃべりを始める。そおっと喉を通る息が柔らかい優しい声を運んでくる。その声にとろけてしまった。
・ 2ヶ月末首がしっかりする。
・ 3ヶ月、お食い初めチョコンと座って1人前に食卓につき写真に納まる。
・ 4ヶ月、食事をしていると食べたそうにする様になる。試しに少しずつ食べさせ始める。
・ 満5ヶ月を迎えた日、今までただかぶりついていたオッパイに注目、しげしげと観察する。
・ 満6ヶ月、はいはいしそうでしきりと手を突っ張るが全身ならず。バックしてしまう。
・ 6ヶ月半1歩前進、それからは目を見張る勢いで行動範囲を広げていった。
・ 7ヶ月、前進、前進。障害物は必死で乗り越える。テーブルもたたみ、手を出して支えないようにしてなるべくはわせようと試みたが何にでもつかまって立ち上がる。
・ 8ヶ月、ベッドに自力で昇るようになり驚く!ベッドやソファーから一人で後ろ向きに降りるようになる!?
・ 9ヵ月半で歩き出す。1日1歩、3日で3歩と言う具合に歩数を増やしあっという間に家の中は自由にトコトコ。ついに公園デビュー!いきなり滑り台の階段を一番上まで登る。
・ 10ヶ月、食事が楽しみになり、待ち切れず自分のいすに座りたがり、手を合わせ頂きますの仕草をする様になる。「コレ」とも「コェ」とも聞こえる単語を連発し指差し、しきりと様々な事を訴えるようになる。自分のお腹におへそがついているのを発見!自慢する。
・ 11ヶ月、スプーンを使いたがり、木馬にまたがり自分で揺らすなど、目的をもった行動をしたがるようになる。また、鼻の穴、目(瞬き)、口など、今まで顔として見ていた物のパーツに興味を持ち始める。
そして満12ヶ月。おかげさまで無事に誕生日を迎えられました。1歳です。
このごろではもう『赤ちゃん』ではなく『子供』になってしまったなぁと感じます。
 昨年、沢山のプレゼントを頂き、(お古も含め)必要な物は全て揃ってしまいました。本当に何も買わずに済んでしまったのです。ありがとうございました。中でもオシメは必需品の中でも№1。ですが100枚近くも集まってしまったのです。こんなにどうしよう…と思ったりもしたのですが、生まれたての赤ちゃんは何と1日20~25枚も汚してくれたのです。しかもちょっと汚れると大泣きするのですから替えない訳にはいかず、この100枚には助けられました。お陰で一度も紙おむつを使う事も無く、洗濯にもヒステリックにならずにここまでやって来ました。今はパンツとオシメと併用です。大変な時期は乗り切れたようです。
 感動の連続でしたが特に心に刻み込まれたのは中でも2つ、1つは生後間もない頃、初めて声を出してお話しした時のあの声。何と表現してよいかわからないほど優しい音で今思い出しても涙が出そうになります。もう1つは7~8ヵ月の頃と思うのですが、日ごろ服のボタンに興味を惹かれるらしいので『これはボタンよ』と繰り返していたのです。ある日ベランダの花に見とれしきりと指さすので『きれいなお花でしょう。マツボタンっていうのよ』というと胸元のボタンを指さすではありませんか。驚いたというより『驚愕した』という方が正しいと思います。それまでも「何でもわかっているんだろうなぁ」とは思っていたのですが、「ああ、言葉がしゃべれないだけなんだ!1人前なんだ、もう…」と再認識したのです。恐るべし赤ちゃんデス!

赤ちゃんがやってきた⑧ 誕生の時を振り返って

7月1日 さあ出産だと準備を進めてきたけれど、ポンポコのお腹はの~んびりしていて私もとらちゃんも手持ち無沙汰。散歩でもしようかと出かける。小豆を煮たりブルーベリーゼリーを作ったりとお客?の準備をする。
7月2日 朝起きてみるとおしるし!ヤッター!始まる。赤ちゃんに会える。が、やること無し。また散歩。帰ってからはケーキを焼いた。夕方から軽い痛みが出てきたが間隔はデタラメ、11:30頃寝る。
7月3日 AM2時頃から痛みで目が覚める。時間を付けてみると1時間に5回ほど、AM8時台には5分間隔に。文と滑川さんに電話する。PM4時頃みんな揃うが、朝はあんなに強かった痛みもどこかへいっちゃって、滑川ファミリーいったん帰宅。時々来る痛みも一向に強くならず寝る。
7月4日 夜中に痛みで目を覚ましつつも相変わらず。妹の夫と娘帰宅。5階まで階段を上り下り、テーブルの周りを歩きながら時間をつぶし進行を促す。「井の頭公園まで歩くぞー!」とか言っていた。食事を取る。夕方から少し強くなってきたので滑川さんに電話する。お風呂に入ってリラクスしようと天然水のお風呂に入るも進まず0:00頃上がる。手で確認すると羊膜に包まれた赤ちゃんの頭に触った。子宮口3㎝と言ったところか。[感動と同時にこの時からいろいろ勉強したり思い描いていた段取りがどこかへ飛んで行った。皆が集っているのに一行に進まないのにも申し訳ない思いが湧いてくる。気ぃ使いぃの悪い癖。]
7月5日 夜中ずーっと10~5分間隔の痛みが続く。だいぶ強くなってきた。陣痛の間に丸めた布団に寄りかかりウトウトし、次の陣痛で目が覚めるのを繰り返す。とらおと文とが交代で寄りかかった布団から引き起こしてくれ前かがみで陣痛をやり過ごす。AM10時頃再度お風呂に入る。子宮口は5cm位になっていただろうか。まだいきむ段階でなかったと今では思うが、早く赤ちゃんに会いたい思いや色々な思いでいきみ始めてしまった。が、なかなか進まず。陣痛がくると皆の背中を借りてしがみつきいきんだ。疲れて湯船に浸かりながら合間に眠る。その姿が結構すごかったらしい。次第に周りが不安になっていた。とらおが2回病院に行くか?と尋ねた。妹が以前から相談にのってもらっていた助産婦さんに電話をした。滑川さんも友人の助産婦さんに電話をした。助産婦さんのアドバイスは2人とも同じだった。[長い人もいるから。お腹の子供が元気に動いていれば大丈夫。体力を消耗しすぎないように注意して、長期戦のかまえを。]このお2人のアドバイスのおかげで一同元気を取り戻し『じゃあご飯でも食べよう』皆はわいわいご飯を食べて、私はうんうん唸っていた。この2日間満潮の時間に陣痛が強くなっていたので、風呂から上がり満潮に向けて横になって休もうとベットに上がるが強くなる陣痛で休めない。ベットの上に椅子を上げて膝をつき椅子にしがみつく。9:30になっても生まれなければ一度帰るという滑川ファミリー。ところがどんどん陣痛は強くなり9:30過ぎに破水。赤ちゃんの頭が見え隠れしているのを覗き込んでいた文はびっくり。見ると羊水の中に胎便。一瞬緊張が走る。これは…、赤ちゃんも苦しいはず、早く出してあげなくちゃ!さあがんばれ!~ほいきた、ガッテン!と言う具合にはうまくいかず。なかなか出てこない。陣痛は強くなっているようにも感じるのだがすぐに遠のいてしまう。大きな力強い波が来ないのだ。
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